ペトロと他の使徒たちは主イエス・キリストの福音を証言し、多くの病人をいやします。多くの人々が主イエスを信じました。しかし、それが当時の宗教指導者の妬みを買い、彼らは捕らえられ、最高法院の尋問を受けることになります。迫害がいよいよエスカレートしたのです。使徒たちは答えます。「わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。」捕らえられ、牢につながれ責め立てられながら彼らは証言します、主イエスにある罪の赦しの福音とその望みを。この苦しみのときを却って福音を証しする機会としたのです。驚くべき事です。迫害されたり、迫害とまで行かなくても苦しい目に遭ったりすると、多くの場合、落ち込んでしまいます。神さまを信じ続けることに難しさを覚えてしまいます。あるいは、現代の日本という社会の状況やこれからへの見通しが暗いことを覚えたとき、多くの人は絶望的な展望を口にします。しかし、キリストの復活の証人であるキリスト者は、苦しみのときに望みを証しするのです。確かに、わたしたちの罪の闇は深い。神の子を殺してしまうほどに。しかし、その神の子であられるイエス・キリストを神は復活させ、わたしたちを悔い改めさせ罪をゆるすために、導き手、救い主にしてくださいました。どんなにわたしたちの闇が深くて濃くても、わたしたちが証言するのは絶望ではなく希望です。キリストがあなたをも救ってくださった!しかし、望みを証ししているからと言って、皆が喜んで話を聞いてくれるわけではありません。主イエスさまご自身がかつておっしゃいました。「人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために追うや総督の前に引っ張っていく。(ルカ21.12)」喜ばれるどころか迫害され、喜びの報せを告げた代償は苦しみだと言うのです。しかし、更に主イエスは続けられます。「それはあなたがたにとって証しをする機会になる。」苦しみのときにこそ、キリストを信じる者は証しをします。キリストがわたしたちを救ってくださったことを。キリストにあって望みがあることを。苦しむ者の証しにこそ力があるのです。今回のブラジルへの旅でマッタ伝道教会のT長老のお宅に夕食に招いて頂きました。特にゆっくりとお話するチャンスを頂いた長老のお母様は娘と孫を亡くした経験の持ち主です。苦しみ、試練の中で強められた信仰、望みを証ししてくださいました。
2024年4月20日の聖句
私は必ずあなたを助け出す。剣に倒れることはない。あなたの命はあなたの戦利品となる。あなたが私を信頼したからであるーー主の仰せ。(エレミヤ39:18) イエスはその犯罪人に、「よく言っておくが、あなたは今日私と一緒に楽園にいる」と言われた。(ルカ23:43) 主イエスが十字架の上で...
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主イエス・キリストが、安息日になるといつものように会堂に入り、聖書を朗読なさいます。これだけでもう慰め深い言葉です。私たちは今主がそうなさったのと同じように、私たちの安息日である主の日、日曜日に教会堂に集まって礼拝を献げています。今日、ここに来られな...
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詩編29~30 主は洪水の上に座し 主は王として、とこしえに座した。 主がその民に力を与えてくださるように。 主がその民を祝福してくださるように 平安のうちに。(30:10~11) 川の水はかの平清盛にさえもどうにもならないと言わしめたと聞き及んだことがあります。私たち人間の...
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今日の通読箇所:ルカによる福音書7:24~50、ヨシュア記1 8、詩編124~125 ヨシュア記18; 「あなたがたの先祖の神、主が与えられた地に入り、所有するのを いつまでためらっているのか(3節)」。すでにイスラエルの五つ の部族には所有地が割り当てられましたが、 まだ...